抱き枕に動揺 ―――――チュンチュンチュン 薄っすらとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。 「うぅ・・・ん。朝か。」 冴木が薄っすらと目を開けた。 そして昨日の酒が少し残っている気だるさの中で自分の腕の中の存在に気がついた。 「マジかよ。」 冴木は片手で頭を抑え呟いた。 はっきり言って冴木は昨晩のことはまるっきり覚えていない。 覚えているのは腕にしっくりと馴染んでいた感覚のみ。 「しかも・・・なんで俺上半身裸なんだ。」 冴木は自分の格好に溜息をつきつつ腕の中の存在の名を囁いた。 「・・・・・進藤。」 冴木は宴会がお開きになってもヒカルを離さなかった。 皆がどれだけ引き剥がそうとしても離れなかった。 「しょうがないな・・・進藤すまないがこいつのこと頼むわ。」 「え〜頼むってそんな。」 「ほらこれこいつの住所とタクシー代だ。」 有無を言わさずヒカルの手にそれは握らされた。 幸いなことはヒカルが歩けば抱きついている冴木も自分の足で歩いてくれることだ。 歩いてくれないことにはヒカルには冴木を支えて歩く力は無い。 冴木はタクシーの中でもずっとヒカルに抱きついていた。 「進藤・・・。」 「はいはい此処にいますよ。」 ヒカルは自分に抱きついて自分の名を呼ぶ冴木の頭を撫でた。 「こんな冴木さん・・・初めて見た。」 いつもはすごく大人でとても信頼出来る人。 そんな人が年下のヒカルの前でこんな風に潰れている。 ヒカルの顔には自然と笑みが浮かんでいた。 ようやく冴木のアパートまで辿り着いた。 「冴木さん鍵は?」 「ん〜進藤。」 「ちょ・・・冴木さん鍵だって。」 鍵の在りかを求めて冴木の顔を覗き込んだ瞬間ヒカルは冴木によって抱きすくめられた。 「んもう・・しょうがないな。」 ヒカルは抱きすくめられたまま冴木のポッケなどを探った。 ―――チャリ〜ン 「あったぁ。」 ヒカルは鍵を探し当てほとんど身動きの取れない状態のまま鍵穴に鍵を差し込んだ。 「冴木さんって酔っ払うと抱き癖があるのかな。」 そう呟きながらヒカルは冴木を半ば引きずって部屋の中へと入れた。 部屋の中に入った瞬間冴木はヒカルから離れいきなり服を脱ぎだした。 「さ・・・冴木さん。」 「熱い・・・。」 冴木は骨格のしっかりした逞しい上半身を露にした。 『冴木さんって着やせするんだぁ・・・。』 ヒカルが見惚れていると冴木の手はズボンのボタンを外そうとしていた。 「冴木さん下は駄目だって。」 「なんでぇ・・・熱いし俺の家だからいいだろ。」 「それは俺が帰ってからにして。」 そう言うとヒカルは玄関に向かった・・・が動けなかった。 「だ〜っめ。」 冴木が笑いながらヒカルの腕を掴んでいたからだ。 「駄目って冴木さん?」 「進藤は俺の傍にいるの。」 そして掴んでいた腕を引っ張りヒカルを自分の方に引き寄せた。 「ねぇ傍にいて。」 冴木は甘えたような声でヒカルの耳に囁いた。 「・・・っん。」 その低く甘い誘いにヒカルは身体を震わせた。 『な・・・なにが起きて・・?????』 ヒカルの頭の中は困惑しまくりだった。 その間にも冴木のヒカルを抱き締める腕の力は強くなる。 「傍にいてよ。」 懇願する冴木にヒカルは溜息をついた。 「・・・傍にいるからさぁ電話かしてよ。」 その言葉に安心したのか冴木は腕の力を弱めすぐ近くにあった電話をとった。 「あぁ母さん。俺・・ヒカル。」 「どうしたのヒカルもう十二時よ。」 「それが冴木さんが酔っ払っちゃって。」 「冴木さんって時々送り迎えして下さってる方?」 「うんそう。」 「大丈夫なの?」 「もう冴木さん家なんだけど・・・放って帰るのも・・。」 「そうよね。わかったわ。」 ヒカルは母の承諾を得て電話を切った。 そしてその電話を置こうとした瞬間ヒカルの身体はベッドに倒れ込んだ。 「いっつ・・・冴木さんいきなり何・・・」 ヒカルが文句を口にしようと冴木を見た時には冴木は寝息を立てていた。 ―――スゥ〜スゥ〜 しかもヒカルをしっかりと抱き締めて。 「冴木さん上半身裸で・・・風邪引くって。」 ヒカルは上手い具合に布団を手繰り寄せ包まった。 『そういえば誰かの存在がある中で眠るの久しぶりだ。』 ヒカルは無意識に冴木の胸に擦り寄った。 『あいつに触れることなんて無理だったけどいつも傍にいてくれたんだよな。』 そう考えながら冴木から伝わってくる鼓動と体温でヒカルも眠りに落ちていった。 「ん〜・・・。」 ヒカルが薄っすらと目を開けると其処には冴木がジッとヒカルを見つめる冴木がいた。 まだ寝ぼけているのかそして肌寒いのかヒカルは冴木に擦り寄り体温を求めた。 「し・・進藤?」 それに慌てたのは冴木である。 慌てる冴木にヒカルは段々と意識をはっきりさせていった。 「おはよう・・・冴木さん。」 「おはよう・・・ってそうじゃなくて。なんで?」 「冴木さん覚えてないんだ。」 「まったく。」 「俺大変だったんだから。冴木さん離してくれないしさ。」 「俺が?進藤を。」 「そうだよ。」 そして進藤は続けた。 「でもそのおかげで久々に熟睡出来たよ。」 「久々?」 自分の言葉を繰り返されヒカルは正直“しまった”と思った。 「最近夜中まで棋譜並べてたから。」 そんな曖昧な言い訳を冴木が信じるはずもなく。 ヒカルは冴木の胸に抱き寄せられた。 「眠れない時は一緒に寝てやるぞ。」 その言葉にヒカルはクスクスと笑った。 「なんだよ・・・人が真面目に言ってんのに。」 「だって冴木さんが俺に傍にいて欲しいだろ?」 「・・・何言って」 冴木の言葉が言い終わる前にヒカルは冴木の腕の中から抜け出した。 「なんでもないから気にしないでよ。」 「気にしないでって・・・俺なんかやったのか?」 「なんにもしてないよ。」 そう言ってヒカルはそのまま台所へと向かった。 「進藤が料理出来るなんて意外だね。」 冴木が味噌汁をすすりながら呟いた。 「冴木さんって失礼だよね。これぐらいなら俺にだって出来るの。」 そんなヒカルの態度に幸せを感じる冴木がそこにはいた。 終了 平成15年2月12日 |