野点(のだて) 伊角×ヒカル

 

ある日の早朝、伊角家は少々騒がしかった。

「ほら、慎一郎行くわよ。」

「だから、俺は行かないって何度も言ってる。」

母親に腕をひっぱられ伊角は、強引に連れて行かれようとしていた。

―――ガチャ

「え〜っと、おはようございます。」

母親が玄関を開けると人が立っていた。

中が騒がしくどうも玄関を開けることが出来なくてその場に立っていたみたいだ。

「進藤君おはよう。」

「おはよう・・・ってどうしたこんな朝早くに。」

いるはずの無い人がいることに伊角は驚いていた。

「招待されたんだけど。」

ヒカルは、チラリと伊角の母親を見た。

「進藤君も行くんだから慎一郎も行くわよね。」

「母さん。」

「あら、別に進藤君だけでもいいんだけど。」

母は、伊角の腕から手を離しヒカルの腕に手を回した。

伊角は、諦めたように溜息を吐いた。

「わかりました、行くよ。」

 

軽い足取りの母親の後を伊角は、ヒカルと並んで歩いていた。

「ごめんな、進藤。貴重な休みを。」

「全然。たまには息抜きも必要だしさ。」

「そう言ってもらえると助かる。」

「それに・・・」

黙ってしまったヒカルの顔を伊角が不思議そうに覗き込んだ。

「どうした、進藤?」

覗き込んできた伊角の視線から自分の視線を逸らしたヒカルの頬は、少し朱が走っていた。

ヒカルのそんな表情に伊角は、柔らかく微笑んだ。

「まぁ、俺もたまには母親の我侭に付き合うのも悪くないしな。」

そして、こうしてお前と会えたしとヒカルの耳元で囁いた。

ヒカルは、その耳を押さえバッと伊角の方を振り返った。

ヒカルの顔は、真っ赤だ。

「だろ。」

同意を求める伊角にヒカルは、脱力する。

「伊角さんに会えるから俺来たんだよ。」

「あぁ、知ってた。」

二人ともプロになり会える時間が少なくなっていた。

こうしてゆっくりと二人肩を並べて歩くのも何ヶ月振りなのだ。

「何しているの二人とも、早く。」

遠くで母が二人を呼んでいる。

「伊角さん、呼んでるよ。」

「そうだな。」

それでも二人は、歩調を速めることなくゆっくりと足を進めた。

「ねぇ、伊角さん。」

「なんだ。」

「美味しいお茶菓子が食べられるって誘われたんだけど、本当?」

「まぁ、本当だな。」

「うわぁ、すげぇ楽しみ。」

「だけど、その前にその雰囲気に馴染めるかどうか。」

とりあえずプロの碁打ちだ。足が痺れるということはないだろう。

「俺ってばなんに招待されたわけ?」

「聞いてないのか?」

「うん、だって『慎一郎も来るから』って誘われたからさ。」

それプラスその他数名のおば様方もいるということをヒカルは知らない。

 

終了