日常

 

今日もヒカルは碁に勤しんでいます。

自分には碁しかないからと日々努力を惜しまず白星を重ねています。

そんなヒカルの周りでは碁以外の戦いが毎度宜しく繰り広げられています。

当然ヒカルは気がついていません。

 

 

手合いも終了しヒカルが帰ろうと腰をあげると声をかけられた。

「久しぶりだな、進藤。」

ヒカルが顔をあげ声のする方を向けば伊角がヒラヒラと手を振っていた。

「伊角さん。」

満開の笑顔を振り撒きヒカルは伊角に駆け寄った。

「伊角さんも今日手合い日だったんだ。」

そしてヒカルは駆け寄った勢いそのままに伊角の腰に腕を回し抱きついた。

伊角の胸辺りにヒカルの顔がありヒカルはじゃれつくように顔を伊角に向けている。

「どうだったんだ。」

「当然勝ちましたとも。」

大人びてきたといってもヒカルはまだ子供である。

そんなヒカルに顔を緩ます伊角には周りからキツイ視線が送られていた。

そんな二人の横をスゥ〜っと何事も無いかのように通り過ぎた人がいた。

「あっ、塔矢。」

呼び止められることがわかっていたかのようにアキラは振り向いた。

「何?」

冷たく言い放っているようだが瞳は優しくヒカルを見ていた。

「お前今度いつ碁会所へ行くんだ。」

「・・・これから行く。」

「本当か。俺も一緒に行っても良い?」

「どうせ断ってもついて来るんだろ。」

なんだよそれっと両頬を膨らませヒカルは伊角から離れた。

アキラは伊角に余裕の視線を送ると背を向け歩き出した。

「じゃ、伊角さん。今度ゆっくり話そうね。」

「あぁ・・・気をつけてな。」

伊角の言葉をそのままの意味で受け取りヒカルはアキラの背を追った。

 

エレベーターではアキラがヒカルの到着を待っていてくれた。

「へへぇ〜サンキュウ。」

柔らかい笑顔にアキラはクラッとしたが冷静に受け止めた。

アキラが早急に扉を閉めようとした瞬間誰かが閉まる扉を止めた。

「おおっと俺も乗せてくれ。」

閉まりかけた扉から現れたのは白いスーツを嫌味なまでに着こなす緒方だった。

「お疲れ様、緒方先生。」

ヒカルが軽く会釈すると緒方はヒカルの頭に手を乗せグシャグシャと撫でた。

「よぉ、その顔からして勝ったみたいだな進藤。」

かまってもらえて嬉しいのか勝ったことが嬉しいのかヒカルは緒方の手を振り解くことなく笑っていた。

「・・・アキラ君も勝ったみたいだな。」

「えぇ。」

緒方がアキラの方に視線を送るとかなり鋭い視線と重なった。当然緒方はそんなアキラなど無視した。

「今から飯でも食いに行くか?」

一瞬目を輝かせるヒカルであったが首を横に振った。

「ん〜行きたいけど、今から俺塔矢と一緒に碁会所に行くから。」

その言葉にアキラがふふんっと笑っているのが見なくてもわかる。

「そうか・・・じゃ俺も碁会所に行くかな。」

決まりとばかりにエレベーターが一階に着いた瞬間緒方はヒカルの手を掴んだ。

「ほぇ?・・・緒方先生・・・ん?・・・塔矢。」

ヒカルは引っ張られたがそこから動けなかった。もう片方の腕をアキラが掴んでいたからだ。

「あいにく俺の車は二人乗りなんだ。」

「進藤は僕と行くんです。」

二人に挟まれ何がどうしてなんだかわけがわからなくなっているところに明るい声が響いた。

「あれ〜進藤君。奇遇だねぇ。それに緒方さんやアキラ君もいるぅ。」

二人が一瞬芦原に気を取られている間にヒカルは二人から抜け出し芦原に駆け寄っていた。

「ねぇ芦原さん今から暇ですか?」

「暇だよ。」

間髪入れず笑顔を向ける辺りさすがというかなんというか・・・。

「申し訳ないんですが俺を碁会所まで乗せていってくれません。」

「いいよぉ。」

そう返事をしながら芦原は固まっている二人に手を振った。

「そういうわけだからさ、緒方さんの車には塔矢が乗りなよ。」

これでいいのだと言わんばかりの笑顔を残してヒカルは芦原と去って行った。

 

緒方とアキラが碁会所に着いた時にはもはやヒカルと芦原が一局打っていた。

アキラがヒカルの後ろにまわり、緒方が芦原の後ろにまわった。

対局中のヒカルはかなり集中力が高く大人びた顔をしている。

それ故に終了した後の無防備な顔が一段と幼さを強調している。

「あれぇ、二人ともいつ来たんだ。」

その言葉に芦原がクスクスと笑っている。

いつまでも笑いを止めない芦原の頭を緒方がバシッと殴った。

「酷いな緒方さん。」

「さっさとその笑いを止めろ。」

アキラも同じ気持ちだったらしく頷いていた。その光景をヒカルが笑いながら見ている。

「何?」「何だ?」「なぁに?」

そんなヒカルに三人が同じタイミングで疑問を投げつけた。

「ぷぅ・・・ハハハ・・ハハ・・・苦しい。」

余計に可笑しくてヒカルは盛大に笑い声を出してしまった。

「な・何が可笑しいんだ進藤。」

「だぁ・・・てぇ・・・三人本当にすごい仲いいからさぁ。」

「ハァ・・・ありえないな。」

緒方が否定の言葉を口にする横で芦原が苦笑していた。

 

ヒカルはその後アキラと打ち、緒方とも打った。

まさか緒方が自分と打ってくれると思っていなかったヒカルはいつも以上に集中していた。

「アキラ君、今日は韓国語レッスンの日じゃなかったっけ?」

芦原の言葉にアキラは無言で応える。

「送っていこうか?」

アキラは考える。どう考えても進藤と緒方を二人きりにするのは危ない。

かといってレッスンを休むわけにはいかない。

「えっ?」

考え込んでいるうちにアキラは芦原に引っ張られていた。

「それじゃ、失礼します。」

市河さんに手を振ってアキラを引きずって芦原は碁会所を後にした。

当然芦原には緒方の圧力がかかっていたのである。

それを横目に緒方は口端を上げ最後の仕上げにはいった。

「ありません・・・ふぅ〜やっぱ緒方さんは強いよ。」

「お前もまぁ強くなったよ。」

それはおだてでもなんでもなく緒方の本心だった。

「それじゃ、芦原もアキラ君も帰ったことだし飯でも食いに行くか?」

緒方の言葉にヒカルは辺りを見回した。

「あれ〜本当だ塔矢も芦原さんもいない。」

その行動に緒方はヒカルの集中力の強さを見ていた。

 

碁会所を出たところでヒカルは見知った顔を見つけた。

「加賀じゃん。」

大声でその名を呼ぶと加賀は颯爽とヒカルに近づきどついた。

「大声で呼ぶな。恥ずいだろ。」

「イテェな・・・久しぶりだね。」

「あぁ。」

「相変わらず将棋やってんだ。」

「ったりめぇだろ。おめぇも頑張ってるみてぇじゃねぇか。」

「まぁね。実力ってやつ。」

「あぁ・・この口が言ってんのかぁ。」

「い・・・いひゃいよ・・・きゃぎゃ・・。」

二人のじゃれあいを暫くの間静かに見ていた緒方がゆっくりと口を開いた。

「進藤・・・こちらは?」

「ふゃ・・・い?」

加賀は緒方の存在に気がついてはいたがあえて無視を決め込んでいた。

加賀は進藤の口から手を放し軽く会釈をした。

「え・・っと中学の時の先輩で加賀。」

「先輩を呼び捨てにするなって〜の。」

軽く頭を叩かれる。叩かれた箇所を摩りながらヒカルは緒方も紹介した。

「こちらは緒方先生。」

緒方も軽く会釈をした。

「で、これから二人でどっか行くんだ。」

「うん。緒方先生が飯奢ってくれるんだ。」

「ほぉ・・・それはそれはせいぜい喰われんようにしとけよ進藤。」

「喰われる?何言ってんの加賀。俺たちは飯を食いに行くんだぜ。食われるわけないじゃん。」

「そりゃそうだな。」

苦笑しつつ加賀は緒方を見た。緒方は余裕な感じで煙草をふかしている。

しかし、きつい視線が加賀に向けられていた。

「ほんじゃ、俺はもう行くわ。」

「またね。」

加賀と別れヒカルは美味しい晩飯にありついた。

 

緒方はいつも飯を奢ったりした後必ず家に送り届けていた。

しっかりと家の人への挨拶も忘れない。

「ねぇ、ヒカル。」

「何?」

「碁関係者の方々って本当に親切ね。」

「そうかな・・・なんで?」

「なんでってヒカル・・・こうも毎回立ち代りご飯食べさせてくれたりしかも送ってくれたりしてるのよ。」

そうヒカルは緒方だけに限らず週に二・三回は誰かに奢ってもらったり送ってもらったりしている。

しかも、その皆が皆家の人に挨拶をしている。

「・・・そういわれれば親切だよね。」

「皆さんいい人なのね。」

「あぁいい人だよ。」

ヒカルと母は微笑みあった。

 

終了