冷たい手

 

 

伊角は棋院を出て少し歩いたところで後から声をかけられた。

「待って伊角さん。」

そして次の瞬間 伊角は背中に高い温度と重みを感じた。

「進藤・・・いきなり飛びつくのは止めろって前々から言ってるだろ。」

本当は嬉しくて内心穏やかじゃないくせに 伊角は冷静を装いヒカルをたしなめる。

「え〜なんで?」

ヒカルは伊角の腰周りに腕を絡ませてよりギュ〜っと背中に張り付いた。

「へへぇ〜暖かい。」

「お前ねぇ〜。」

伊角はこのままでは歩けないとヒカルの手を掴んだ。

『手が冷たい。』

「???」

自分の手を掴んだまま黙ってしまった伊角にヒカルは?マークを飛ばす。

ヒカルは背中から前に回り込み伊角の顔を覗き込んだ。

「伊角さん?」

「・・・手が冷たい。」

伊角はそう呟くとヒカルの両手を自分の両手で包み込んだ。

そしてソッと自分の口に近づけ息を吹きかけた。

「ハァ〜・・・。」

何度も何度も吹きかけヒカルの手を包み込んだ大きな手はヒカルの手を擦っていた。

 

 

 

この状況にヒカルは暫し呆然としながらも伊角の顔を見つめていた。

『やっぱ前髪邪魔っぽいよな。』

息を吹きかけてくれる度に揺れる前髪・・・

『伏目がちな目もかっこいい・・なぁ。』

そこからちらりと見える瞳からヒカルは視線を外せないでいた。

「伊角さん。」

ヒカルは小さく呟いた。

「ん?」

伊角はいまだヒカルの手を温めている。

「・・・ちょっと恥ずかしいかも。」

あまり人通りはなかったが行き交う人がチラチラと二人を見ていた。

「そうか。」

伊角のそんなの全然気にしてないという返答にヒカルは少しばかり驚いた。

「伊角さんって結構こういうの平気な人なんだぁ。」

「お前の手が冷たすぎるんだよ。」

「俺手が冷たくて良かった。」

「なんで?」

「俺のまだ知らない伊角さんを発見出来たから。」

ヒカルは伊角に満開の笑顔を向けた。

『俺もこんな自分知らなかったさ。』

伊角はヒカルの手を温めながら自分でも知らなかった自分の発見に少し笑った。

 

 

数分間この行為は行われヒカルの手はだいぶ温かくなった。

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

二人は顔を見合わせて頭を下げた。

 

 

「進藤なんか暖かい物でも食べに行くか?」

「あっ俺ラーメンがいい。」

「はいはい。」

「もちろん奢りだよね。」

「どうしてそうなるかな・・・まぁいいけど。」

ヒカルは伊角の腕に抱きついて 伊角はヒカルの頭を撫でた。

「そうだ。伊角さん。」

ヒカルに名を呼ばれ伊角が顔をヒカルの方に向けた瞬間 目の前にヒカルの顔があった。

「全勝でプロ試験合格おめでとう。」

ニッコリと間近で微笑まれ伊角暫し呆然。

「・・・やっぱ合格祝いに進藤に奢ってもらおうかな。」

でも平気な振りして意地悪く笑った。

「それとこれとは話は別だって。その代わり伊角さんの欲しいモノ言って。」

「なんでもいいのか?」

「高いモノは駄目だよ。」

「わかってるよ。」

二人は楽しげにラーメン屋へと向かった。

 

 

ラーメンを食べ終え別れた二人はそれぞれの想いを胸に家路へとついた。

 

『そういえば進藤に聞くの忘れてたな・・・あの好きの意味。まぁいいか今度買い物一緒に行く約束したし。』

 

『伊角さんの欲しいモノってなんだろう。今度の買い物すんげぇ楽しみ。』

 

 

終了

平成14年11月18日