薬用リップ

 

 

お互いプロになり手合い日が異なるヒカルと伊角はなかなか会えない。

しかし その日は偶然棋院で出会った。

「あれ〜伊角さんだ。」

ヒカルがエレベータから降りた瞬間目に入ったのは伊角の姿だった。

伊角もヒカルに気がつき片手を上げた。

「よぉ進藤。」

「どうしたの伊角さん。今日手合い日じゃないのに。」

ヒカルは笑顔で伊角に駆け寄った。

「進藤に会いに来たんだよ。」

その言葉にヒカルは本当に嬉しそうな顔を見せた。

「本当?」

伊角はヒカルの頭にポンっと片手を乗せて目線の高さをヒカルに合わせた。

「嘘だよ。」

笑顔で言われたその言葉にヒカルは一転して寂しそうな顔を見せた。

「な〜んてね。半分嘘で半分本当だよ。」

「???」

ヒカルは伊角の言葉が理解出来ないらしく首を少し傾げた。

「棋院に用があったのも本当だし進藤に会えるかもって想ってたのも本当だよ。」

伊角は進藤の頭を少し強く撫でてヒカルの大好きな笑顔を見せた。

「そっかぁ。」

ヒカルも安堵したのかすごく・・・すごく艶な笑顔を見せた。

『俺の言葉で一喜一憂する進藤って本当に可愛いよな。』

そんなヒカルに見惚れながら伊角はそんなことを考えていた。

 

 

棋院を出た処でヒカルは立ち止まってリュックの中に手を突っ込んだ。

「どうした進藤?」

そんなヒカルに伊角はゆっくりと近寄った。

「ん〜ごめんね伊角さん。ちょっと待ってて。」

ヒカルはそう告げると座り込んで何かを探しだした。

「え・・っと。確かここに入れたはずなんだけ・・・あっ・・・あった。」

「何があったんだ?」

伊角がヒカルの手元にある物を見るために覗き込んだ。

「ん〜これこれ。」

差し出されたヒカルの手の中には柑橘系の薬用リップがあった。

そしてヒカルはリュックのチャックを閉めて背中に背負って立ち上がった。

「お待たせ伊角さん。」

「それつけるのか?」

「そうだよ。俺寒いと唇が荒れてすんげぇ痛いんだ。」

ヒカルは蓋を“ッポン”と取った。

 

 

今伊角の前ではヒカルのぷっくらとした唇にリップが塗られていた。

「伊角さんもつける?」

伊角の視線に気がついたヒカルはリップを持っている手を伊角へと伸ばした。

伊角も手を伸ばしたので自分の手の中のリップを取るとヒカルが思った瞬間

「えっ・・な・・・んぅ」

ヒカルは手首を握られ伊角の方へ引っ張られた。

そしてそのままヒカルの唇に伊角の唇が重なった。

 

 

ほんの数秒の出来事だった。

「ありがとうな。つけさせてもらったよリップ。」

伊角の唇にはヒカルの唇から貰ったリップがちゃんとついていた。

「伊角さん。」

「何?」

伊角は上目使いで自分を見つめてくるヒカルの頬にソッと手をあてた。

先刻の行為のためかヒカルの頬はほんのり紅く色づいている。

「黙ってるとここで襲うよ?」

自分に問い掛けたまま黙り込んでしまったヒカルに伊角は意地悪く囁く。

ヒカルは頬だけではなくて首筋や耳まで紅く色づかせた。

『あ〜本当に襲いたいかも。』

不埒なことを考えながら伊角はヒカルの言葉を待った。

ヒカルは無言のまま伊角の胸に額を軽く当てて“ギュウ”っと抱きついた。

そんなヒカルを伊角は抱きしめ返す。

「ちゃんと言葉にしてごらん進藤。」

伊角の言葉に促されるようにヒカルその状態のまま顔を上にあげた。

伊角と視線が絡み合うとヒカルは照れたように笑った。

「俺ね嬉しいんだ。久しぶりに伊角さんに会えて体温分けてもらって。」

「そうか。」

伊角も自然と顔が緩む。

「なぁ進藤。」

「何?」

伊角はヒカルの耳に唇を近づけ想ったことを言葉にした。

「もっと俺の体温感じさせてあげようか?」

「・・・・・。」

「進藤の体温を感じたい。」

心地良い低音で耳に響いてくるその声だけでヒカルは腰から力が抜けていきそうだった。

「進藤は?」

ヒカルは崩れ落ちそうな自分を伊角にしがみつくことで必死に保っていた。

そして消え入りそうな声なのに伊角にははっきりと聞こえた。

「俺も伊角さんの体温もっとたくさん感じたい。」

そして伊角はヒカルを支えるように ヒカルは伊角にもたれかかるように歩き始めた。

 

 

ここで一つ言っておきたいことが――――

この二人のやりとりって棋院の前で繰り広げられてたんだよね(笑)

 

 

そうそう伊角さんの用って別に自分の手合い日の時でも良かったらしいよ。

「よけいなことは言わない方が身のためだよ。」

おおっとかなり黒い感じの伊角さんが現れたよ。

「んぁ・・伊角さぁ・・ん・・・どう・・したの?」

「なんでもないよ。進藤は俺だけを感じていればいいんだよ。」

「あっ・・ソコ・・」

「進藤って此処弄られるの好きだな。」

「そんな・・こ・・あっ・・ンゥ・・」

うわぁ生唾もんだ(ゴクリ)

「お前いつまでいるわけ?」

だぁ〜ごめんなさいすいません。

こえぇ〜笑顔なのに目がすんげぇ恐いって伊角さん。

 

「やぁ・・・いきなり・・そんなぁ・・」

 

遠ざかっていくヒカルの声に後ろ髪が惹かれますが伊角さんが恐いため泣く泣く退散します。

 

 

終了

平成15年2月19日