と影  十一

 

 

ナルトは、年に一回必ず訪れる場所がある。

そして、その前に必ず寄る店がある。

 

朝、人の往来がほとんどない道をナルトは歩きその店に着く。

そこは、ナルトが三歳頃から通っている店だ。

夫婦で経営してるのだが、いつも店にいるのは妻の方だ。

ナルトは、いまだその店の夫つまり店主を見たことがない。

そして、ナルトが五・六歳になる頃からそこの娘が店を手伝うようになっていた。

その娘は、ナルトと同じ年頃で、

「おはよう、ナルト。そろそろ来る時期だと思ってたのよ。」

「おはよう、いの。」

名前は、山中いのである。

そして、店の名前は、その名も『やまなか花』である。

ナルトは、店の中に足を踏み入れる。

そこには、色とりどりの花そして、植物が綺麗に並んでいる。

「ナルトが来ると店の花たち喜ぶのよね。」

なんでかしら?と笑いながらいのがその花たちの世話をしていた。

「さぁ。でも、俺ってばモテモテだってばね。」

ニシシッと笑うナルトにいのは安堵する。

 

いのがアカデミーに入る数年前くらいからナルトは、ある時期に花を買いに来るよ

うになった。それまでは、本当に数年に一回来るか来ないかだったのに年に一回必

ずその時期、否、その日に訪れるようになった。

「月光(がっこう)の苗木ってあるってば?」

聞きなれない花の名にいのもそしていの母も顔を見合わせ首を傾げた。

そして、二人はナルトの無表情の笑顔に気がついた。

いつもは綺麗に隠している表情が表に現れるほどにもナルトは、影を落としていた

のだ。

「知らない?確か別名は『卜伴』だってばよ?」

「『卜伴』・・・ってツバキ科のかしら。」

「うん。それだってば。」

「・・・ごめんなさい。ここにはないの。」

「そっかぁ。」

「どうして苗木なの?」

いの母の言葉にナルトは、寂しく笑った。そんなナルトにいのが問いかけた。

「俺が育てるんだってば。」

「育てる?」

「ある程度まで育てて後は自然に任せるってば。」

「どうして?」

いのは、開いてしまった口を手で押さえた。

あまり遠慮を知らないいのでさえ自分の失言に後悔した。

ナルトが無意識だろうが泣きそうな笑顔を見せたのだ。

その笑顔は、理由は聞かないでという証でもある。

「ナルト君、大丈夫よ。『やまなか花』の名にかけて絶対手に入れてみせるから。」

「本当!」

嬉しそうだったがそれでもナルトの笑顔は、寂しそうだった。

 

いのは、ナルトが口にする花を手に取っていき束ねていく。

「相変わらず良い選び方するわね。」

「そう?」

「今年も綺麗に咲いてるといいわね。」

いのの言葉が何を指しているのかナルトはわかっている。

「この時期は、『コヒガンザクラ』が周りにいっぱい咲くんだってばよ。」

紅い月光を覆うように白紅のコヒガシザクラが咲き乱れているのである。

「・・・綺麗でしょうね。」

「綺麗だってばよ・・・とても。」

その光景は、まるで白い雪に映える紅い血のようで・・・とても綺麗だ。

 

あの出来事をナルトは、忘れたくなかった。

あの光景を忘れてはいけないのだ。

「ナルト・・・今年は一緒にお花見に行けそうにないな・・・ごめん。」

一緒にいてくれるようになって僅か数年で宇宙は逝ってしまった。

 

いつも元気なナルトがこの店に来る時だけは違った。

それは、まるで別人。

だけど、いのは聞くことが出来なかった。

あの時、あの泣きそうな笑顔を見てしまったから。

「はい。出来たわよ。」

「ありがとう。」

その花束の行き先も聞くことが数年経った今でも聞くことが出来ないでいる。

「ねぇ、ナルト?」

花束を渡す手を止めいのがナルトに問いかける。

「なんだってば?」

ナルトは、首を傾げいのの次の言葉を待っているがいのはなかなか口を開かない。

「いの?」

「いつか・・・・」

「いつか?」

「・・・・うぅん。なんでもない。はい。」

「?ありがとうだってばよ。」

いつか、その場へ一緒に連れて行ってくれないだろうか。

いのは、その言葉を飲み込んだ。

人には、何者にも入り込んで欲しくない領域があるものだ。

「いの。」

「なによ。」

「ありがとう。」

ナルトがいつもの笑顔でそう言うのでいのは、焦った。

「ふん、私はお客に花を売っただけよ。」

それが照れ隠しの言葉だとナルトは、知っている。

遠慮なく勝気に見えるいのだが、ナルトはちゃんとその本質を知っている。

だから、本当は、先刻いのが何を言いたかったのかもわかっている。

 

だけど、まだ駄目で・・・今年も宇宙と二人でお花見。

それも、最初だけで最終的にはいつも聖と三代目が加わっている。

そして、数年に一度もう一人加わる。

 

ナルトが花束を受け取ったその時、いのの後で誰かがバサバサと手に持っていた荷

物を落とした。

「父さん、何してんの?」

そこには、いのの父が立っていた。

「ナルト?」

「父さん、ナルトを知ってるの?」

いのの父山中いのいち、すなわちこの店の店主だ。

ナルトは、ふんわりと笑って頭を下げた。

そして、いのに再度お礼を告げて店を出た。

呆然としていたいのいちは、我に返って店先に足を進めたがすでにナルトの姿は消

えていた。

「ちょ・・・どうしたの、父さん。」

「いの!」

「ちょ・・・一体なに?」

いのいちは、いのの両肩を掴み前後に揺らした。

「いの、いのはナルトと友達なのか?」

「友達?・・・そうかもしれないけどお客でもあるけど。」

「客?」

「もう何年も前から来てくれていますよ。」

いの母の言葉にいのいちの行動は、止まった。

「あ〜、頭がグラグラする。」

やっと揺れが収まりいのは、頭を抑え父を見た。

父であるいのいちは、なぜかショックを受けているようであった。

「なぜ、私に言わない!」

そして、いきなり発狂し出した。

「あら、あなたいつも任務で家にいなかったでしょ。」

「そういえば、父さんって店主のくせにあんまり店に出ないよね。」

「う!・・・しょうがないだろう。父さんこれでも上忍なんだぞ。」

「で、なんで父さんは、ナルトを知ってるわけ?」

「・・・しかし、今日は天気が良いな。」

いのの問いかけにいのいちは、話を逸らそうとする。

「父さん?」

「そういえば、いの?」

「なに!」

「今日は、サスケ君とお出かけじゃなかったの?」

そう今日は、お昼から無理やりサスケを誘ってお出かけする予定なのだ。

「そうよ!今何時?」

「もう十一時過ぎてるかしら。」

「なんてこと、サクラに先越されるわ!」

いのは、瞬時にしてその場からいなくなった。

「助かったよ、母さん。」

「どういたしまして。」

「でも、なんで私に黙っていたのかな?」

「あら、だって火影様に言われていたでしょ。」

そう、火影は親の影響無しで子供たちが仲良くなるのを望んでいるのだ。

「しかし、まぁこれで堂々とナルトと会って話しても良いってことだな。」

「あら、駄目よ。」

「なんでさ?」

「ちゃんと子供から『友達』もしくは『仲間』と紹介されなきゃ。」

そう、先刻いのは、いのいちにナルトを紹介していない。

ちなみに、母は、アカデミーに入学した年の今日いのから紹介されている。

「母さん、ナルトがいたのよ。」

「あら、じゃナルト君と同期になるのね。」

「でも、もう何回も卒業試験落ちてるって。」

「きっと、今年は大丈夫よ。」

「なんで、母さんがわかるのよ。」

「なんとなくよ。じゃ、今度店に来た時改めて紹介してね。」

「うん。」

なんて、しっかり者の母なのだろう。

笑う母の横でいのいちは、かなりのショックを受けていた。

 

 

大きな花束を抱えてナルトは、クスクスと笑っていた。

ナルトを見た時のいのいちの顔を思い出しているのだ。

「驚き過ぎだって。」

ナルトに植物を育てる基礎を教えてくれたのがいのいちだ。

ナルトが火影邸を出てはや七年・・・そりゃ驚くだろ。

ナルトは、懐かしい顔を見れてほんの少し元気になっていた。

だが、やはりすぐに降下していく。

今日は、力のなかった自分を戒める日。

もう、二度と自分の為に誰かを逝かせたくないと強く想う日。

「今年も綺麗ね。」

「先に行ってるってばよ。」

「えぇ、私たちももう少ししたら行くわ。」

「うん・・・二人で待ってる。」

「そういえば、今年は大地も来るそうよ。」

「本当?暗部の兄ちゃん来るの。」

「今年は、任務が重ならなかったそうよ。」

「そっかぁ。」

花束を聖に渡し、ナルトはその場所に足を進めた。

そこには、紅い月光を覆うように白紅のコヒガシザクラが咲き乱れている。

そして、その中央には石が置かれていた。

その場所には、特定の人しか来れないように仕組まれている。

「今年も綺麗に咲いたってばよ。」

んっと、背伸びした後ナルトは、石の傍で寝転がった。

「俺は、ちゃんと生きてるから。」

あなたが守ってくれた命をそう簡単に誰かにくれてなんかやらない。

ナルトの言葉は、柔らかな風に乗りそよそよとゆるやかに桜の花びらと共に空に

舞い上がった。

 

続く

 

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