月と影 六
あの日以来シカマルは、『うずまきナルト』という存在を改めて認識するようになって
いた。
今現在ナルトは、シカマルの前の席でスヤスヤと眠っている。外は、ポカポカ陽気で心
地良い日差しが窓の外から教室へと差し込んで来ている。ちなみにシカマルとナルトの
席は、窓際である。普通ならば寝ている生徒を起こして怒るのだが、授業中眠っている
ナルトを起こす教師は、このクラスの担当教師であるイルカ以外いない。シカマルが、
そんなことに気がついたのもナルトを認識し出してからだ。
『なぜ教師たちは、ナルトがまるで其処に存在していないかのように扱うのか?』
そういうことを考えながらシカマルは、今朝のことを思い出していた。
毎朝ナルトは、遅刻スレスレで教室に勢いよく飛び込んでくる。
「おはよー、だってばよ。」
ある一部を除いてそれに挨拶を返す者は、多くない。一部が極少数だからほとんどが無
視といってもよいか。ナルトは、そんなことが当たり前なのだろうか、気にする様子も
見せず自分の席に足を進めていく。シカマルは、気だるそうに机に顔を伏せながらその
様子を見ていたがナルトが自分に近づくにつれ目を閉じ眠っている振りをする。
シカマルと同じくらいの子供たちは、ナルトを無視か或いは蔑んだ目で見ている。子供
たちがそんな行動をとる理由に気がついたのもナルトを認識し出してからだ。
『なぜ里の大人たちは、ナルトの存在を邪険にするのか?』
シカマルは、ナルトのことに関して両親から何も言われたことが無い。
「おはよー、だってばよチョウジ。」
「おはよー(モグモグ)。」
隣りに座っているシカマルの幼馴染である秋道チョウジも両親からナルトについて何も
言われたことがないそうだ。
『ん?』
浅い眠りの中で考え事をしていたシカマルの耳に二人の交わされた言葉が聞こえた。
「おい、チョウジ。」
シカマルは、薄っすらと目を開けてチョウジに尋ねた。
「何?シカマル。」
「お前、うずまきと仲良かったのか?」
「えー、挨拶されたら返すのが当たり前だよ。」
モグモグと食べ物を口に運びながらのチョウジの言葉は、正論だ。
シカマルは、記憶を辿った。
『そういや、俺うずまきと挨拶も交わしたことねぇな。』
「俺、あいつから挨拶されたことねぇぞ。」
「あー、シカマルいつも寝てるもんね。ナルト起こすと悪いからっていつも遠慮がちに
小さい声で一応声かけてるよ。」
勿体無いことしてるよね、とチョウジがシカマルに対してそう言って笑う。一体何が勿
体無いのかシカマルには、わからない。というか、声をかけられていたことに気がつい
ていなかったことに対して申し訳なく感じていた。変なところで律儀なシカマルである。
「お・・」
「出席とるぞ〜。」
シカマルが前に座っているナルトに声をかけようとした瞬間、イルカが教室に入って来
た。
休み時間・昼休みとことある事にシカマルは、ナルトに話かけようと試みた。しかし、
その度に何かが起り・・・というかナルトがいつも騒がしくて話しかけづらかったとい
うのが本当だろう。
『話しかける機会が掴めねぇ。』
まるであの家の時のようにナルトの周りに見えない壁すなわち結界が張ってあるように
シカマルには思えた。
そして、本日最後の授業の今に至るのである。
シカマルの目の前でスヤスヤと眠るナルトを見ていてシカマルの瞼も降りてきた。忍術
とは、と説明している教師の声が遠くに聞こえてくる。ついには、シカマルも眠ってし
まった。
ナルトは、皆が教室を出た後目を覚ました。こういうことは、よくあることだった。誰
かに起こしてもらうのを期待していないといえば嘘になるかもしれない。そして、ナル
トは、いつもと変わらないこの現実に思わず自嘲的な笑みを零した。しかし、その直後
ナルトは、人の気配を感じ取った。
『誰かいる?』
―――スー、スー
その気配と寝息はナルトの後から聞こえていた。ナルトが後を振り返ると寝ているのは、
いつもやる気がなさそうな奈良シカマルが眠っていた。授業中、教師がどんなに言って
も起きなかったシカマルは、授業が終了しても起こされず現在に至る。
『お・・・起こした方がいいの・・・かな?』
ナルトがシカマルの顔を覗き込んだ瞬間、シカマルの目がパチッと開いた。思わずナル
トは、シカマルの顔に自分の顔を近づけたまま固まってしまった。その状況に固まった
のはシカマルも同様だった。シカマルが目を開けるとすぐさま飛び込んできたのは、蒼
い空を彷彿とさせる深い透明がかった蒼い眸だった。それが何かを起きたばかりの頭で
認識した時には、ナルトはシカマルから数歩離れていた。
「俺、帰るってばよ。」
教室から出ようとするナルトの腕をシカマルは、慌てて掴んだ。
「・・・な、なんだってばよ?」
ナルトの身体は、ピクリと揺れ蒼い眸は見開かれていた。
「お前・・・驚き過ぎじゃねぇ?」
掴んだナルトの腕を離さぬままシカマルは、頭をかいた。
「ふぇ?・・・あっ、俺あんまり人から呼び止められたりしねぇからさ。」
それに、とナルトは、掴まれている自分の腕を見た。
「人に触れられるのにあんま慣れてねぇから。」
付け加えるならば親しくない人から触れられるのに慣れていないということだ。
「ふ〜ん。」
そんなことは、どうでもいいというように振舞いながらもシカマルは、内心焦っていた。
なぜか掴んだ腕を離そうという気になれないでいる。
「奈良?」
「・・・ナルトって呼んでいいか?」
その言葉にナルトの眸が再度大きく開かれた。
「そのぉ・・・なんだ。今までお前の挨拶に気がつかねぇで悪かったな。」
照れているのか目を明後日の方向に向けながらシカマルは、今日ずっと言いたかったこと
を告げた。掴んだ腕は、いまだ離せない。
「そんな・・・そんなこといいってばよ。」
シカマルにつられる様にナルトも目を床に向けた。掴まれた腕を振り解くことなど容易い
のにナルトは、素直にシカマルに腕を掴まれている。
「で、どうなんだ。」
「えっ?」
ナルトがシカマルの言葉に顔を上げるとシカマルと視線がかち合った。シカマルの肩越し
に見える窓の外は、もう紅く染まり始めていた。
「何度も言わせんな・・・ナルトって呼んでいいか?」
「・・・いいってばよ。」
名前で呼んでくれる人は、いる。だけど最初に確認をとったのはシカマルが初めてだった。
「奈良って変な奴。」
ナルトは、無性に泣きたい気持ちになった。
「・・・シカマルだ。」
窓の外の夕焼けの影になってわかりにくかったが、そう言ったシカマルの頬は仄かに紅かっ
たのは確かだ。
「シカマル。」
「あんだよ。」
バツが悪いのかシカマルは、面倒くさそうに答える。
「ありがと。」
ナルトは、ひどく綺麗に切なそうに微笑んだ。いつもと違うその笑顔にシカマルは、数秒間
見惚れてしまった。その笑顔が、極少数しか知らないナルトの本当の笑顔だということを今
のシカマルが知るはずもなかった。
続く