闇に呑まれる月・月に照らされる闇 弐
心惑わす狂気は、いつしか心安らぐ慈しみに変わる時がくるのでしょうか?
「そいつを離せ。」
「嫌です。」
男が見下ろしている女の腕の中では、金色の髪が微かに揺れていた。
「お前もそいつが憎いんだろう?」
「・・・」
「隙を見て殺すためにわざわざお守り役に志願したそうじゃないか。」
「・・・」
女がナルトのお守り役なって半年になろうとした日だった。
ナルトのお守り役は、騒ぎが起るたびに代わっていたがこの女がお守り役になってからは、
騒がしいことも起らず今日までは、平穏だった。
「お前の旦那も子供もこいつに殺されたんだろう?」
男の言葉に女は、ピクリと揺れた。
そう確かに女は、ナルトを殺すためにお守り役に志願した。そして、念願叶いいざナルト
が生活する部屋に足を踏み入れて愕然とした。女がそうなるのは、人として母として当然
のことだった。生まれて一年程しか経っていない子供が床に放置され泣き声さえもあげて
いないのだ。
「これは・・・」
「こいつにはそれ相当の扱いだろ。」
この場所に案内した男は、なにが面白いのか笑いながらそう言った。女の背筋に悪寒が走
った。そして、女は、闇に月を見つけた。闇は、人の心に宿る本質であり、月は闇を照ら
す存在だ。女は、愛しい者を九尾に一瞬に奪われた。だからこそ九尾が憎かった。
「私は、あなたたちとは違う。」
九尾が憎いのは本当だった。だけど、いざ月にナルトに出会い女は、心動いた。
「私に子供は・・・人は、殺せない。」
「あいつは、人ではないよ。化け物だ。」
「違う!」
女は、甲斐甲斐しくナルトの世話をした。まだ小さいのに泣く事も笑う事も言葉を発しよ
うとはしない子供。差し伸べる手に反応は無く、頭を撫でようとする手に怯える。ナルト
は、そんな子供だった。
どんなに他の人がナルトを傷つけてもナルトの身体には痕さえも残らない。
『この子の中には、九尾がいるのだ』
女は、その度にそのことを思い知らされた。だが、女の心にナルトに対する憎悪は無かっ
た。たった一度だけ笑い方を知らないはずのナルトが女にだけ笑ったのだ。それは、女の
目の錯覚だったのかもしれない。だが、女はその笑顔に自分の子供を思い出していた。一
緒に笑って泣いて楽しかった日々。子供とは、愛され慈しまれる存在であるはずなのだ。
『私がこの子をナルトを守ろう』
守れなかった子供の分まで女は、ナルトを守ることを決めた。
「そいつを離せ。」
「嫌です。」
女は、やっと少しずつ体重が増えてきたナルトを自分の胸に抱き締めている。
「私は、まだこの子に言葉も笑い方も泣き方も・・・何も教えてあげられていない。だか
ら、嫌です。」
「そいつにそんな感情めいた物は、いらないんだよ。そいつは、化け物だ。」
「違う!ナルトは、ナルトです。」
女の腕の中で表情の無いナルトは、ジッと女を見つめていた。その女は、初めてナルトに
愛情を向けた人。ナルトは、何も知らない。他人からの憎悪や暴力は当たり前でそれが日
々の日常だった。それが当たり前の日常なんだとナルトは、幼いながらに信じていた。愛
情なんて知らない。笑い方も泣き方も・・・ナルトは、何も知らない。だけど、女の傍が
心地良いことだけは知っていた。女の手は、いつも優しくナルトを撫でた。自分を殴る手
しか知らなかったナルトは、戸惑いを隠せないでいた。そして、初めて自分の名前が『ナ
ルト』だと知った。女にナルトと呼ばれるとなぜだか顔が緩んだ。
「お前邪魔。もういらねぇ。」
その女の血が幼いナルトに降りかかる。女は床に倒れそれでもナルトを身体で覆うように
抱き締めている。生きる意味も死ぬ意味もわからないナルトに女の死が理解できるわけも
もない。
「あ〜ぁ、お前の所為でまた人が死んだ。」
だけど、自分の存在が人を傷つけているということはナルトの意識に深く刻まれていく。
「何をしておる。」
その声に男の身体に緊張が走った。声の主は、ゆっくりと女とナルトに近づいた。もうす
でに息絶えている女からナルトを離そうとするが女の腕は強くナルトを抱き締めていた。
どれだけ女がナルトを守ろうとしたかが現れていた。
「その女がナルトを殺そうとしたので処罰したまでです。」
男は、焦ったように自分の行為を正当化させていた。
「ほぉ・・・それは手間をかけさせたな。」
ナルトは、女の服をギュウッと掴んでいる。それだけで男の言葉など信用するに値しない
ものだった。
「そうなんですよ。どんなに言ってもナルトを離さ・・・」
男が全てを言い終わる前にその首が飛んだ。
「まだ命を下してはおらぬが・・・」
「私には『殺せ』と聞こえましたが。」
部屋の戸には、お面をつけた男が気配も無く立っていた。お面をつけたまま男は、三代目
の横に並んだ。
「長期任務からやっと帰って来たのに・・・なんですかこれは。」
「全ては、この老いぼれの責任なのだ。」
里の復興に必死で今日の今日までナルトの扱いに気がつけないでいた。やっと復興が軌道
に乗り出した矢先水晶玉で見たナルトの部屋では、男と女が言い争っていた。
ナルトは、女からまだ離れない。三代目がナルトに手を差し出すとその手を小さい手がパ
シッと叩いた。栄養のいき届いていない手で叩かれても痛くないはずなのにそこから痛み
がジンジンと広がり三代目は、何も言えないでいた。
ナルトこんな風にしてしまったのは自分
ナルトに向ける憎悪を許してしまっていたのは自分
それでも、三代目は火影として里を里人を守る事が一番なのだ。
火影である以上ナルトのことを一番に考える事は出来ない。
「三代目。」
「なんじゃ。」
「ナルトも木の葉の里人であり忍になるべく子であるということをお忘れか?」
「・・・忘れてはおらぬよ。」
男は、面を取り火影に向って膝をついた。
「ナルトを火影邸に連れて行きこれからは、そこで生活させる。」
「御意。」
「それと、この女の名を慰霊碑に刻んでおいてくれ。」
「御意。」
「この里の英雄を守った女神なのだからな。」
そして、ナルトの首には三日月の形をしたペンダントがかけられた。
それは、大人の親指の爪程の大きさでその中には、ほんの少しの灰が入っていた。
続く