闇に呑まれる月・月に照らされる闇 五
ナルトは身体から力を抜いてゴロンと布団の上で横になった。
「今日の食事は、これにしときましょうね。」
そう言った聖から今日ナルトは、重湯を飲ませてもらった。
今までナルトの胃は、空っぽと言ってもいい程ほとんど与えられることもなくていき
なりちゃんとした食べ物を身体が受け付けないからだ。肋骨が浮出ている細い身体、
この状態で生きてこられたのも『九尾の狐』が腹にいるからだろう。
九尾は、ナルトの腹の中で何を想うのか?
誰かに何かをしてもらうという行為に慣れていないナルトは、上手く飲めないでいた。
『本当に面倒な子だね!』
ナルトは、殴られると思って身体を強張らせ眸を強く閉じた。
頭か頬にくると思っていた衝撃はこずナルトは、ゆっくりと恐る恐る眸を開けた。
「ゆっくりと少しずつ飲めばいいのよ。」
そこには、微笑む聖がいてナルトは、思わずキョトンとしてしまった。
それは、内心にそう思っただけで顔の表情に変化は見られなかった。
背中を擦る手がひどく優しくてナルトは、どうしても『痛み』を思い出していた。
そんなナルトの内心に気がついたのか聖は、重湯は入った器を置きナルトの頭を撫でな
がら顔を覗き込んだ。
「心を歪ますくらいならおもいっきり泣いてしまえば良いのです。」
『泣く』その行為は、幼い子供の意思表示でもある。
だけど、ナルトは泣かない。それは、泣いても意味がなかったからだ。
泣いて手を伸ばしてもその手は、何も掴めなかった。だから、ナルトは泣くことを止めた。
今は、もう泣き方さえもわからない。
「そう、涙の流し方がわからないのね。」
聖は、言葉ないナルトの僅かな表情からナルトの想いを汲み取っていた。
「ねぇ、ナルト。」
名前を呼ばれることは、嬉しいと感じているナルトは眸を聖に向けた。
「るなって呼んでいいかしら?早くナルトが自然に涙を流せるように『涙』と『流』でるな、
どう?」
『自分の名前は“ナルト”』
最近そう自覚したばかりなのに聖は、ナルトのことを『涙流』と呼ぶというのだ。
「願いを込めて私だけがそう呼ぶの。」
まるでそれが大切な特別なことのように聖は、綺麗に微笑んだ。
その笑顔に惹きこまれるかの如くナルトは、頷いた。
「では涙流、この重湯を全部飲んでしまいましょう。」
今度は、器を手渡されナルトはゆっくりと時間をかけて自分自身でそれを飲み干した。
それは、飲まないといけないような雰囲気を聖が醸し出していたからかもしれない。
しかし、理由はどうあれナルトは飲み干したのだ。それを見て聖は、本当に嬉しそうだった。
食べるという行為は、『生きる』ということだからだ。
ナルト自らが飲んだということは、ナルトの中に生きるという気持ちがあるということに他
ならない。
「飲み終ったらご馳走様ね。」
聖が胸の前辺りで両手を合わせて眸を閉じた。
「ご馳走様。」
そして、軽く会釈を加えた。
「いい涙流。食べる前は『頂きます』食べ終わったら『ご馳走様』と言うのよ。これは、食材
になってくれた物・食材を作ってくれた人・料理を作ってくれた人などに対する礼儀です。わ
かりますか?あぁ、それと食べられる喜びを現す表現でもあるのです。」
ナルトは、聖の言葉を無表情で聞いていた。
『喜びを現す表現?』
ナルトは、重湯を美味しいと感じていた。しかし、それを喜びと結びつけることを今のナルト
に求めるのは酷なことだろう。
「ゆっくりと学んで成長していけばいい。」
ナルトの背後から低いが穏やかな声がした。
「あら、・・・誰だったかしら?」
聖の微笑み発言でその人は、苦笑しながら頭を下げた。
「先程三代目から命を受けまして、私『蒼樹宇宙:あおきそら』はナルトの世話役をさせてい
ただきます。」
「世話役ねぇ・・・あなたも大きくなったわね、宇宙。」
宇宙は、聖の最後の弟子である。
こ〜んなに小さかったのにと聖は、手を空中に漂わせた。
「・・・そんなに小さくはなかったです。」
「小さいのに暗部に入ってねぇ。」
「・・・無理やり入らせたんでしょうが。」
「あら、なぁに宇宙。相変わらずあなたの声は小さくて聞き取りにくいわ。」
「・・・聞こえてるくせに。」
「えぇ、聞こえていますよ。」
二人の久方ぶりの再会は、より激しいものとなりナルトはそんな二人を放って一人部屋に帰った。
その去り際、ナルトはちゃんと聖が言っていたように一応手を合わせていた。
横になった布団でナルトは、ゴロゴロと身体を転がしてみた。
ナルトにとってこんな柔らかくて綺麗な布団なんて初めてで自分がここにいてもいい存在なのかわ
からなくなる。
いつ殴られるか蹴られるか殺されるかわからない状況で生きてきたナルトは、優しくされることに
慣れていない。そもそも自分の存在意義がわからないでいた。
『化け物』『お前なんかいなくなればいい』そんな言葉ばかり聞いていた。
『一体自分は、なんのか?』
もうすぐ二歳になろうとするナルトは、そんなことを考えていた。
続く