闇に呑まれる月・月に照らされる闇 六
ナルトが窓から見える木々をジッと見ている時 聖と宇宙の再会はようやく一段落ついていた。
「聖先生。」
「なにかしら。」
「あの子・・・ナルトから気配を感じられないのですが。」
宇宙の言葉通りナルトからは、一切の気配が感じられない。
人は、生きている以上必ず気配が洩れるものだ。
出来るとすれば、それは気の遠くなる程の鍛錬が必要だろう。
「そうね。」
「『そうね』って先生。」
なんでもないかのように答える聖に、宇宙は盛大な溜息を吐いた。
そんな宇宙を見据えながら聖は、服装を整え椅子に座り直した。
「宇宙。」
「はい。」
「流涙がどういう子が知っている?」
「それは・・・って誰?」
「ナルトのことよ。私だけが『流涙』って呼ぶことにしたの。」
それはもう決定事項のことで、宇宙にしても聖の予測不可能の言動・行動に慣れているのでそれを
受け止め聞き流した。
「で、知っているの、宇宙。」
「・・・。」
ナルトの中に九尾が封印されているということは、知っていても言ってはいけない。
「ねぇ、宇宙。あの子は、教えられてもいないのに自分の周りに結界を張っているのよ。」
「えっ!」
「先刻は、少し警戒を解いていてくれたから張っていなかったみたいだけどね。」
「そんなこと・・・有り得ない。」
信じられないとばかりに宇宙は、考え込んだ。
「自分の気配を完璧に消せて、その上自分の周りに結界を張れる。信じられないのは当然ね。あの
子・・・流涙は、まだ二歳にもなっていない。」
「師は?」
「相変わらず私の話を聞いていないわね。言ったでしょう『教えられていないのに』と。」
教えられていないのに、それも無意識にそうなってしまう。
「・・・自己防衛。」
「まぁ、そんなところでしょうね。」
「しかし、なぜそんなことが出来るのに・・・」
宇宙の言いたいことは、聖にはわかっていた。
「自分は、殴られ蹴られ罵倒されるために在ると流涙の心の奥深くに根づいているのよ。」
聖は、視線を窓の外に向けた。
其処からは、庭に生い茂る木々しか見えないがその向こうには木の葉の里が広がっている。
「生まれきた子になんの罪があるのでしょうね。」
宇宙に背を向けている聖の表情を宇宙が見ることは、出来なかった。
「流涙には、生きる理由が必要なのよ。」
わかる?と聖は、宇宙の方に振り向いた。
「私は・・・」
考え込む宇宙に聖は、微笑む。
「難しいことではないでしょう。只、あなたはあなたで流涙に接すればいいだけのことです。」
「はい。」
幼い頃から変わり無いはっきりとした返事に聖は、笑みを濃くした。
「本当にあなたは、変わらないわね。」
普通幼い頃より暗部に属していると多少なりとも性格が曲がるのだが宇宙は、変わらない。
「人の性格なんてそうそう変わらないですよ。」
「そうね・・・きっとあの子もずっと痛みと共に歩んでいかないといけないでしょうね。」
「だけど、これからは私たちがいます。」
ナルトのこれからを思って心を痛める聖に今度は、宇宙が諭す。
「えぇ、そうね。」
「まずは、力の使い方を教えないといけませんね。」
普段冷静なくせに妙に熱血漢な宇宙に聖は、苦笑した。
「あなたの場合は、とりあえず流涙の心を開かせることから始めた方が良いですよ。」
「やはり、まだ信頼されていないでしょうか?」
少し寂しそうに聖を見る宇宙は、とても暗部でも上位の位置にいるとは思えない。
「流涙は、まだどんな人にも警戒心を解くことはありません。」
「でも、先刻は・・・」
「どんなに結界が張られていなくても流涙の心は、警戒しているのです。大丈夫だとあの子自身が
思っていても身体はそう反応しないものなのですよ。現に数分間あの子を抱きしめてみると身体が
硬直を始めるのよ。心とは裏腹に身体が覚えているみたいね。自分に対しての言動・行動それらを
理解していなくても身体は、覚えてしまっている。」
淡々と話す聖からは、暗部である宇宙でさえ身震いする程の怒気が流れ出ていた。
「最初から私が預かっておけば良かった。」
「しかし、それは・・・」
「あの方は、里の長・・・里の者を信じすぎたのです。」
「・・・仕方のないことです。」
「そうね・・・だけど、その罪は全てあの子が背負うことになるのよ。」
聖の悲痛な顔は、どこか青白い。
「先生・・・お薬を飲んでお休みになって下さい。」
「大丈夫よ、これくらいあの子の痛みに比べたら。」
聖は、身体が弱い。
それは、元々の病ではなく年々聖の身体を蝕んでいる。
痛みを和らげることは出来るのだが治療方法は、見つかっていないのが現状だ。
それ故に聖は、この屋敷から足を踏み出すことはほとんど無いに等しい。
閉ざされた空間の中で外の世界を知ることなど到底無理な話なのだ。
人づての話などでは限界がある。
「先生。」
「・・・わかったわ。流涙の顔を一目見て今日はもう休みましょう。」
聖は、ゆっくりと立ち上がりナルトの部屋に向った。宇宙もその後に続いた。
続く