夏のお嬢さん

 

 

ジメジメとした梅雨も明け空は、快晴だ。

 

「葵ちゃん、海に行こう!」

 

風通しの良い部屋でゴロゴロと寝転んで寛いでいた葵の元へ勢いよくわぴこが飛び込んで来た。

その後から、ニコニコと秀一もその部屋に入って来た。

「やだ。」

「え〜。」

「予想通りの返事だけに笑えないよ、葵。」

「誰も笑いなんぞとろうなんて思ってやしねぇって。」

「ねぇ〜、行こうよ海!」

「い〜や〜だ!」

「行こうってば!」

わぴこは、手を握り締めて腕を上下におもいっきり振っていた。

そして、そのままわぴこは葵に近づいた。

 

――――― ボコ・ボコ・ボコ

 

動きを止めないわぴこの手は、その勢いのまま葵を叩いている。

「い・い・いてぇから止めろ!」

「きっと葵が『行く』って言うまで止めないんだろうねぇ。」

面白そうに秀一は、その光景を眺めていた。

「行こうってばぁ〜・・・。」

疲れを知らないわぴこの勢いは緩むことさえない。

むしろ激しくなっているような気もするくらいだ。

「だぁ!行かねぇっつったら行かねぇ!お前らだけで行けばいいだろ。」

葵の言葉にわぴこの手がピタッっと止まり、秀一の米噛みが少しばかり動いた。

「葵ちゃん。」

「あんだよ。」

俺は暑いんだ、とばかりに葵は内輪で自分を扇ぎながら起き上がった。

「・・・行こう。」

心なしかわぴこの目が潤んでいるのだが、葵は知らない振りを決め込む。

そんな葵の態度に秀一は、終始笑顔を絶やさないままピクピクと米噛みを動かしていた。

「いい加減、葵も学習能力がないね。」

秀一がポツリと呟いた言葉も葵の耳に届いているだろうが完全に知らん振りだ。

「わぴこ。」

シュンとしているわぴこを後から抱き込むように包み込んだ秀一は、チラリと葵を見た。

「折角新しい水着買ったんだから、僕と二人だけでも行く?」

『新しい水着』その言葉に葵が僅かに反応した。

「やだ。葵ちゃんも一緒がいい。」

今度はその言葉に葵は、片手で顔面を押えた。

「そうだよね。折角の葵好みの新しい水着を買ったんだもんね。」

葵は、今度はガァ~ッと頭を掻きむしっていた。

「すごくわぴこに似合ってて可愛かったのにね。」

葵の動きがピタッと止まった。

 

 

去年の夏、当然わぴこはスクール水着で海やプールを過ごした。

毎年、わぴこと秀一は泳ぐという行為が苦手な葵をそういった所に連れ出すのに四苦八苦しているのだ。

嫌がっているんだから誘わなければいいと思うかもしれないが、誘わないと拗ねるのでこれも難しいのだ。

「来年も来ようね。」

「やだね。」

「そう言ってもどっちにしろ来ることになるんだから。」

秀一の言葉は、確かで葵のフムと考えた。

「おっし、じゃ来年わぴこがその水着以外の水着を着るんなら考えてやってもいいぞ。」

「本当!」

「じゃ来年は、水着買いに行こうね。」

「うん!」

わぴこと秀一は、嬉しそうに微笑み合った。

その横で葵は、どうせ来年になったら忘れているだろう、なんてことを思っていた。

 

 

「ちょっと、待て。」

わぴこを抱き締めたままの秀一に葵は、詰め寄った。

「お前、見たのか!」

「そりゃ、一緒に買いに行ったんだから見たよ。」

「着てるのをか!」

「試着して買わないと買った後に着て似合わないってことになったら嫌だろ。」

確かに、と頷きながらも葵は、どうも合点がいかないらしい。

「いつの間に、行ったんだ。」

「先週の日曜だよ。葵も街に行こうって誘っただろ。」

確かに、葵は誘われていた。だが、断ったのだ。バーゲンセールを逃がすわけには行かなかったのだ。

「あの時かよ。」

頭上で飛び交う二人の会話をわぴこは、二人の顔を交互に見ながら聞いていた。

「ねぇ、ねぇ。」

そしてわぴこは、葵のTシャツを少し引っ張った。

葵がわぴこに視線を向けるとわぴこがにっこりと笑って葵を誘った。

「行こ。」

「・・・しゃーねぇな。」

「やったぁ。」

よかったねぇ、と秀一がわぴこの頭を撫でてやる。

「その代わりだ・・・海じゃなくて川だかなんな。」

わーい、とわぴこが葵の腰に抱きついた。

「うん。川でいいよ。」

わぴこにしてみれば、三人で出かけられることが一番嬉しいことらしい。

 

 

川岸の大きな石に座って川に足を突っ込んだまま葵と秀一は、座っていた。

木陰で緩んでいるといっても夏の陽射しが痛いほど降り注いでいる。

だが時折緩やかに吹く風が、そして足から伝わる川の冷たさが、その陽射しさえも心地良いものへと変換させる。

そして二人の目の前では、新しい水着を着たわぴこがキラキラと水を弾かせながらはしゃいでいる。

「確かに可愛いわな。」

「だろ、試着した中で一押しだったからね。」

当然、わぴこが試着していったのは秀一が選び抜いた水着だ。

満足気に秀一は、ウンウンと頷いている。

わぴこが着ている水着は、水色と白のストライプのセパレート水着だ。

ビキニでも良かったのだが、わぴこは元気すぎるため危険だと秀一は判断したのだ。

「葵ちゃ〜ん、秀ちゃ〜ん。」

川の少し深めの真ん中辺りでわぴこが両手を振って二人を呼んだ。

「はい、浮き輪。」

秀一が、葵に笑顔で浮き輪を渡した。

「足つくんだしいらねぇよ。」

「深いところもあるからね。」

持っていた方が言いという秀一に、持っていかないという葵。

「なにしてんの二人で。」

わぴこには、二人が楽しそうにしてるように見えていたのだろう。

二人の目の前に仁王立ちで頬を膨らませて立っていた。

わぴこの水に濡れた髪から身体から滴り落ちる水滴が陽射しに反射していた。

そう、まるでわぴこがキラキラ光っているように二人には見えた。

「葵ちゃん?秀ちゃん?」

わぴこは、おーい、としゃがみ込んで二人の目の前で手の平をヒラヒラと揺らした。

二人からは、なんの反応もない。

わぴこは、ふむ、と考えて二人の頬にその可愛い唇を寄せた。

 

――― チュッ

 

固まっていた二人の意識は、急激に戻ってきた。

「「わ・わぴこ!」」

慌てる二人の手をわぴこは、掴んで立ち上がらせた。

「ほら二人とも、一緒に遊ぼ!」

輝く太陽を背にわぴこの笑顔は、更に輝いていた。

 

 

終了

平成18622