オムレツ

 

 

お目当ての特売品を片手に葵は、夕暮れ色に染まった小道を歩いていた。

その小道は、本当に田舎道で細く荒れていて車なんて通らない。

ガタガタと揺れが激しいのであまり自転車も通らない。

夕刻ともなれば農作業をしている人の姿さえない。

 

葵がサングラス越しに夕日を眺めながらゆっくりとした歩調で歩いているといきなり背中に衝撃がきた。

「あ〜おいちゃん。」

その声の主は、夕暮れ色の髪を揺らす女の子であった。

「わ〜ぴ〜こ・・・」

いきなりの衝撃に葵は、両手をついた形で倒れこんでいた。

わぴこのこのいきなりの抱きつきは、いつものことだ。

いつもは仕方ないとばかりに苦笑して立ち上がるはずの葵が立ち上がらない。

「どうしたの、葵ちゃん?」

わぴこがいつもと様子が違う葵の背中から飛び退き、葵の横にしゃみこんだ。

「・・・俺がどんだけ苦労して・・・」

「苦労して?」

わなわなと身体を震わしながら葵は、勢いよく立ち上がった。

それに合わせてわぴこが視線を葵に向けるとわぴこに向ってグィっと葵の腕が伸びてきた。

「この玉子を手に入れたと思ってるんだ!」

葵が握っている袋の中には、数個の玉子が存在していた。

わぴこは、それを凝視して首を傾けた。

「割れてるねぇ。」

わぴこの言葉に葵は、握り拳を作った両手を震わせた。

「おめぇのせいだろうが〜!!!!!」

夕暮れの中でまるでどこぞの青春ドラマの如く葵は、叫んだ。

「わぴこのせい?」

わぴこは、立ち上がってサングラスの奥の葵の眸を見た。

「どうとってもお前のせいだな。」

葵は、踏ん反り返りながらわぴこの眸を見返した。

「もう、食べられない?」

表情を曇らせながらわぴこは、袋の中の玉子を見つめた。

その時だ。

「道の真ん中でなに騒いでるんだ。」

二人の背後から聞こえた声に二人は同時に振り返った。

「秀」「秀ちゃん」

名前を呼ばれた秀一は、ゆっくりと二人に近づき袋の中の割れた玉子を見た。

「玉子・・・割れたんだ。」

二人の様子を見て玉子が割れた経緯を想像して秀一は、笑った。

「殻をとれば大丈夫・・・今晩は、オムレツにしようか。」

「本当!」

秀一の言葉にわぴこは、表情を明るくさせた。

「わぴこ。」

葵に名を呼ばれわぴこは、その表情のまま葵に顔を向けた。

「!・・・いひゃい・・・よ・・・あひょいひゃん・・・」

わぴこが葵に顔を向けた瞬間、葵はわぴこの柔らかい頬をビヨ~ンと伸ばしたのだ。

「喜ぶ前に俺に言う事があるだろうが。」

「ふぇ〜・・・。」

「俺が玉子を割ったのは誰のせいだ?」

わぴこの頬から手を離して葵がわぴこの顔を覗き込んだ。

わぴこは、ショボンとしながら自分の両頬を擦った。

「・・・わぴこ。」

「だよな。」

「ごめんなさい。」

わぴこは、葵の様子を気にしながら小さいけれどはっきりと謝罪の言葉を口にした。

そんな二人の様子に秀一は、クスリと笑った。

「先に帰ってオムレツ作って待ってるよ」

そして、葵から割れた玉子を受け取ってさっさと家に向った。

 

すっかり元気を無くしてしまったわぴこの頭を葵は撫でた。

わぴこの眸は、葵が許してくれなかったらどうしようといった不安でいっぱいだ。

「なんで俺が怒ってたかわかるな。」

「・・・うん。」

葵が怒っていたのは、玉子が割れたからではない。まぁ、当初はそうだったかもしれない。

葵は、割れても使い道はあるからと割り切っていた。

「今度からは、気をつけろよ。」

「うん、今度はちゃんと最初に謝るね。」

わぴこの言葉に葵は、脱力した。

「お前ねぇ・・・謝る前提で行動するなよ。」

「だってぇ。」

「あんだよ。」

「葵ちゃん見つけて嬉しいんだもん。」

だから、いきなり抱きつくことは止められないとわぴこは、笑った。

そんなことを言われて葵が何かを言い返せるわけもなく、気がつけばわぴこが葵の手を握っていた。

「早く帰ろう。秀ちゃんが待ってるよ。」

「・・・あぁ、そうだな。」

もう少しで日が落ちるという夕暮れの小道に二つの影が長く伸びていた。

 

 

「「ただいま。」」

「おかえり。」

玄関からの二人の声に台所から返事が返ってきた。

「へへぇ。」

「なんだよ、気持ち悪いな。」

靴を脱ぎながら笑うわぴこに葵は、顔をしかめる。

「ん〜だってぇ、挨拶が返ってくるってなんか嬉しいでしょ。」

バタバタと台所に走っていくわぴこの背中を見ながら葵もその後を追った。

「まぁ・・・そうだな。」

そう呟く葵の口元は、緩んでいた。

 

終了

平成16年6月7日