溢れる想い
夕暮れが校舎の中までもを橙色に染めあげ夕刻を告げる。
「ったく話なげぇよ。」
葵は、授業をサボろうとして先生に見つかり放課後みっちりとお小言をもらった。
体育館・運動場では運動部の面々が後片付けをしている声が小さくざわめいていた。
誰もいない教室・廊下それら全てが橙色に染まる中葵は教室の戸を開けた。
「葵ちゃん。」
葵の耳に響いたのは、いつも聞いてる心地良い声。
葵の目に映ったのは、橙色の光を浴びながら満面の笑みを浮かべるわぴこであった。
「・・・どうした、わぴこ。」
葵は一瞬声を出せなかった。
夕暮れが作り出す影と色彩がわぴこをいつもより大人しく見せていたからだ。
「葵ちゃん待ってた。一緒に帰ろう。」
座っていた机からピョンと飛び降りるわぴこはいつも通り元気だ。
自分の机に足を進める葵の後からわぴこもついて行く。
葵が鞄を取りわぴこがいる後ろへ振り向いた。
時間にすれば数秒だけど、なんだかとても長く感じられた。
わぴこはジッと窓の外の山の向こうの沈みゆく夕陽を見ていた。
葵もわぴこの視線の先に視線を移す。
見事なまでの夕暮れが教室内の二人を包んでいた。
葵は、ギュウッと拳を握りわぴこに近づいた。
「おら暗くならない内にかえっぞ。」
明るいわぴこの髪が橙に色づき、また金色の葵の髪も橙に色づいていた。
「きれい、だね。」
「あぁ。」
「葵ちゃんもすっごくきれい。」
「はぁ?」
わぴこはなにがそんなに嬉しいのか楽しいのか笑顔で葵の腕に抱きついた。
「おっ、おいわぴこ。」
「なぁに?」
葵は慌てるが落ち着いて考えるとわぴこの行動はいつもと変わらない。
落ち着かない心を落ち着かせようと葵は平静を装う。
そんな葵の心など知らないわぴこは背伸びをして葵の金色の髪に触れた。
「今わぴこも葵ちゃんと同じ色?」
「・・・あぁ、そうだな。」
髪に触れる指先・問いかける仕草に表情、それら全てが抱き締めたい衝動へと繋がる。
「お揃いだね。」
「・・・だな。」
わぴこが笑うから葵も笑って・・・そのまま抱き締めた。
葵からわぴこの表情は見えない。
わぴこから葵の表情は見えない。
無言で自分を抱き締める葵にわぴこも葵を抱き締め返す。
わぴこは自分の肩に顔を埋めるように抱き締める葵の頭を抱き締めそのまま頭を小さな手で撫でた。
わぴこは普段とてもつもなく元気で騒がしい。
だけどこういう時はなんていうかものすごく深く優しい。
それは葵の気持ちに気がついているものではないけれど葵はそれに安堵感を覚える。
「わりぃ・・・遅くなると秀坊が心配すっしかえっか。」
「葵ちゃん。」
「ん。」
「わぴこね、葵ちゃんにギュウッてされるの大好きだよ。」
葵の目には満面の笑みのわぴこだけが映っている。
「ほら、もう帰るよ。」
二人は声のする方に振り向いた。
「あ〜秀ちゃん。」
「わぴこが葵を迎えに行ったまま帰って来ないから僕も迎えに来たんだ。」
「ごめんね。」
「いいよ。もう本当に暗くなるから帰ろう。」
「うん。」
教室を出て秀一が教室の鍵を閉めている間にもわぴこは先に足を進めていた。
「いつからいたんだ?」
鍵をかける秀一の後で葵が小さな声で問いかけた。
橙色はもう薄暗くなり葵の仄かに紅い顔は見えない。
「さぁ・・・ね。」
「声、かければよかったのにさ。」
「ちゃんと葵の箍が外れそうなタイミングで声かけただろ。」
秀一のわぴこに対する想いは完全に『妹』に対するそれである。
葵の想いを応援する気もあるが今はわぴこの想いを優先させている。
「葵には悪いけど僕はわぴこ側だからね。」
それはまだ葵の感情がわぴこには早いと遠回しに言っている。
「んなこと昔っからわかってるさ。」
少し離れた場所でわぴこが早くと叫んでいる。
待ちきれないのかわぴこは二人に駈け寄り二人の腕に自分の腕を絡めた。
「帰ろ。」
わぴこの笑顔に二人もつられて笑顔になり三人は学校を後にした。
葵の溢れる想いはきっとそう遠くない日にわぴこに受け止められるのだろう。
終了
平成18年11月21日
けせらせらさんからのリクエストでした。
きっと葵は先生に捕まるというドジはしないと思います。
秀一は完全に二人の『兄』といった感じになってますね。
でもわぴこ側なので葵には結構厳しいです:笑
けせらせらさんに楽しんでいただければ幸いです。
アンケートに答えて下さりありがとうございました。