野点(のだて) わぴこと千歳
カーテンの隙間からユラユラと朝の陽射しが差し込んでいる。
「ん〜・・・」
千歳は、夢心地のまま寝返りをうった。
その時だ。
「ちぃ〜ちゃん、おっはよう!!!」
玄関から大きな声が聞こえた。
そんな大声を出すのは、誰なのか当然千歳は知っている。
「朝から五月蝿いわね。私は、まだ眠いのよ。」
頭の先まで隠くすように千歳は、布団をかぶった。
それでもまだ、ワイワイガヤガヤと騒いでいる声が聞こえる。
「ちいちゃん、まだ寝てるのかな?」
「いねぇじゃねぇの。」
「え〜。」
葵の言葉にわぴこは、悲しそうな顔をした。
そんなわぴこの頭にポンと手を置き撫でるのは、秀一だ。
「呼んでも出てこないんじゃ、しょうがないだろ。」
「だってぇ・・・約束したもん。」
ピョンピョンと跳ねながら二人に訴える姿は、いつもよりも大人しめだ。
「着崩れしちゃうだろ、わぴこ。」
「いいもん、自分で直せるもん。」
以外かもしれないがわぴこは、着物の着付けが出来る。
「ほら、もう時間だ。行くぞ。」
「やだ。」
「わぴこ。」
「やぁ〜だっ!ちぃちゃんと一緒に行くんだもん。」
言い出したら聞かないわぴこに葵と秀一は、やれやれと首を振る。
「じゃ、僕たちは準備があるからわぴこは千歳さんを連れておいで。」
「うん。」
「あんな奴放っておけばいいのに。」
葵は、わぴこが一緒に行かないことに少々不貞腐れ気味だ。
「だってぇ・・・ちぃちゃんの着物もちゃんと準備したんだもん。」
わぴこがシュンと頭を垂れ上目使いに葵を見れば、葵は片手を頭に乗せた。
「わぁ〜ったよ。早く来いよ。」
「うん。」
当然この会話は、千歳の耳に入っていた。
「そういや・・・してたわね『約束』。」
完全に千歳は、忘れていた。
「『茶の湯』を開くからちぃちゃんも一緒に行こう。」
千歳は、そんな『雅』なことをあの子たちが本当にするなんて思っていなかったのだ。
話の内容からして、あの子わぴこは千歳が出て行くまでジッと待つだろう。
千歳は、ゆっくりとベッドから足を降ろした。
「大体なんでこの私があんな子たちと群れなくちゃならないわけ。」
口では、毒を吐きまくる千歳だが懐いてくるわぴこが可愛くないわけじゃない。
むしろ、可愛いとさえ思う時もある。
『もちろん、私の方が可愛いけど。』
―――ガチャ
鍵を開け玄関をあけるとそこには、桜を印象付ける着物を着たわぴこがいた。
「ちぃちゃん、おはよう。」
「・・・」
「ちぃちゃん?」
黙ったまま千歳は、目の前のわぴこをマジマジと見た。
そして、いきなりギュウと自分の胸に抱き締めたのだ。
それが嬉しかったのかわぴこもギュウッと千歳を抱き締め返した。
『か・か・可愛い。』
小さいわぴこは、千歳の胸にすっぽりと収まっている。
数分間抱き締めた後、千歳は我に返った。
『だぁ〜、可愛過ぎてついやっちゃったじゃない。』
千歳は、実は可愛いもの好きでつい可愛いものを見るとこうして抱き締めてしまうのだ。
「ちぃ〜ちゃんも早く着替えて行こう。皆待ってるよ。」
わぴこに背中を押され千歳は、家の中に戻りわぴこが用意した青系の着物に着替えた。
二人が会場場所に行くと既に準備は整っていた。
「結構本格的なのね。」
「校長先生の奥さんって家元なんだって。」
「ふ〜ん・・・ってそれ本当なの。」
聞き流しそうになって慌てて発言者であるわぴこの方を振り向いたがいなかった。
「お茶菓子食べる〜。」
「だぁ〜ちょっと待て。」
わぴこに取られまいと葵がお茶菓子を持つ手を高く上げていた。
『雅』のはずの『茶の湯』もこの子たちにとっては、楽しいものでしかない。
「こいつらに『雅』を求めるのがそもそもの間違いよね。」
そう呟きながら、千歳はわぴこの手を握った。
「なぁに?」
「わぴこ、あちらで一緒にいただきましょう。」
そう言って千歳は、葵を挑戦的に睨みにっこりと笑った。
「うん。わぴこがちぃちゃんにお茶点ててあげるね。」
「本当、美味しく点ててね。」
せっかくのわぴことのじゃれ合いを邪魔され葵は、米噛みを引き攣らせていた。
千歳は、勝利の高笑いである。
わぴこは、そんな空気など読めるわけもなくニコニコと笑っている。
遠くからそんな光景を見ながら苦笑しているのが秀一であった。
わぴこになにかあったらすぐにその場に行けるような体制である。
あの二人に負けず劣らず秀一もわぴこが可愛いのである。
終了